開山禅師の教え

鎌倉時代の末期、正安元(1299)年に、国泰寺は慈雲妙意(じうんみょうい)禅師によって開かれました。その開山禅師の教えとは、「己事究明」(自分自身のことを知れ)というものです。

禅師は信濃の某所でお生まれになっていますが、詳しいことはわかりません。それは人に聞かれても答えず、そればかりか聞く人にこう切り返したそうです、「あんた方は、他人のことばかり気にしすぎる。他人がどこで生まれようと、そんなことを気にしている暇があったら、もっと自分自身のことを勉強しなさい。何時誰の身の上にどういうことが起こるかわからんぞ。いつ自分の身の上に一大事が出来ても心配のない、心の眼を開かなくてはならん。」

開山禅師が指摘されるように、現代の私たちは幅広くいろんな事を家庭や学校や会社で教わりますが、自分自身のことを勉強したかと言われると、自信を持って返事をできる人はなかなかいない。

自分を知らないということは、自分にどんな「すばらしいはたらき」があるか?を知らないということです。

金子みすゞさんの「はすとにわとり」という詩があります。

泥の中の蓮が咲く、卵が孵化してひよこが出るのは、蓮やひよこの力だけではない。何か大きないろんな力がそうさせます。

そしてその「気がつく」ということも、自分自身の力ではなく、何か大きな力に気づくことが「自分自身のことを知る」ということです。

※お話:臨済宗連合各派布教師
本派吉祥寺住職 山田真隆師

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